2011-01-01から1年間の記事一覧
ジェーニャは薪ストーブの空気口を閉じて火を消し、外出の準備を始めました。あとは帽子をかぶればいいというところで、玄関のほうから騒がしい声が聞こえてきたなと思う間もなく激しくドアがノックされました。「ジェーニャ! ジェーニャ、いる!? いたら…
火の始末と戸締りにだけ気をつけてくれれば遊びに出ても構わないからねとジェーニャに言い残して、お母さんは出かけました。「困ったなぁ」今日はお母さんの役に立とうと決めていたのに。「……ツリーのところに行こうかな。おじさん達が片づけているはず。そ…
朝食の片づけをしていると遠くで歓声が上がりました。星飾りが落ちたのでしょう。(ほらね、僕じゃなかった)とその時、来客の対応をしていたお母さんが慌てた様子で外出の用意を始めました。「急な注文が入って工場の人手が足りないそうなのよ。母さん今か…
「ジェーニャ、広場に行きましょ」近所のナフカがジェーニャを迎えにきましたが、ジェーニャは食卓の上に朝食用のお皿を並べながら首を横に振ります。「僕は行かないよ、ナフカ。今日は、お母さんの手伝いをするって決めたんだ。でも、誘ってくれてありがと…
夜明けと呼ぶにはまだ暗い空の下。子供達が次々と起き始めます。着替えると朝食も食べずに家から飛び出し、目的地に向かって走ります。勿論、目指しているのは中央広場のツリーです。そこここの家から同様に出てきた子供達とかけ合う「おはよう」の声が、街…
(そうだ。明日は起きたらお母さんの手伝いをしよう。そのほうがきっとお母さんも嬉しいに違いない。うん、そうしよう)緩やかに忍び寄る眠気に身を任せながら、ジェーニャは起きてからのことをぼんやりと考えました。(ずっと働きづめだったお母さんの役に…
夜、ジェーニャはベッドの中から窓越しに空を見上げました。今夜は雲も風もなく、冷たい空気のせいもあって、星々が一層美しく輝いています。(僕のところにお星様は落ちてこないさ。だってこの一年、それだけの事をしてないもの。お頭に明日も新聞配達しま…
目を覚ませばそこは葉も花もなき大樹の根元。嗚呼。またここに戻ってきてしまった。全ての源、運命の振り出し。再び手に握られし賽は如何なる差異を齎すのか。恐れずに、絶望すら飲み込んで再度進み出せる者は幸いだ。そういう者だけが望む場所、願いに手が…
「……今年はスコーチャだろうねぇ」話し合いの最後に出てくるのは決まってその名前でした。三月にあった大火事の時に、いつもは悪戯で使っているという抜け道を使って、炎に囲まれた病院から大勢の人を逃がした男の子です(もちろん悪戯についてはしっかりお…
雲間の月光がまだらに地面を染める。馬上で月を見上げる男が時折漏らす鬼気を、注意深く観察する。いっそ狂気に流されたほうが楽だと彼はここに来る途中で言った。彼をしてそう言わしめる苦痛とは。想像だにできない何かを抱えている彼を、少し離れたところ…
じわりじわりと、影が月を蝕む。それは心底の奥の奥に眠る、本来の彼を象徴するかのような狂気を揺さぶる。何度これに耐えてきたかはもう数えようがない。が、何度耐えてきても一向に慣れない。毎回ぎりぎりのところで耐えている。──センは雲の間から顔を出…
貴女がいなければ、息もできない。 #twnovelposted at 22:02:46
風の強い夜だった。どこかにオカリナでも吹く誰かがいるのか、物悲しげな旋律が聞こえてくる。いつまでも鳴り止まないのを不思議に思い夕餉の後に宿の主に尋ねると、あれは山の中腹にある笛岩という幾つか穴の開いた大岩にこの時期特有の強風が吹きつけるこ…
天も地も遥か彼方。星のまたたきすら阻まれ届かない、それほどの風の奔流。その中を漂う。流れる。川をくだる一葉のように、ひと時たりとも留まらず、ただひたすらに流されていく。来し方行く末もわからないようなそこで、『彼女』は、誰に聞かせようとして…
ロジェは黒衣の騎士の依頼を聞いた。「──以上だ。可能か?」「……ああ」内容を心の内で反復した後、答える。「その依頼、俺の全ての力を以って必ず遂行しよう」その返事に黒衣の騎士は頷いた。「宜しく頼む。しかして、報酬だが」そう言うと彼は手を差し出し…
「あれだな、『マジすか』と『ミニスカ』って似てるよな」「唐突だな、おい。でもそれ『すか』しか合ってねえじゃねえか」「そして用法の例は……」「おい突っ込みはスルーか」「……よし、これだ。うん。用法の例として『今日はーマジスカートだしー』を提示し…
「イネビリアからの依頼に問題あるか? って言ったら、そりゃあるさ。守護者はイネビリアと戦うからな。だけどあんたはこの世界のモンじゃない。そして誰にも手を出してなさそうだ。何よりこの世界のあんたは守護者、俺の同僚だ。だからあんたからの依頼は受…
人間が生まれてこの時代に辿り着くまで、一体どれだけの歌が唇に乗っては消えていったのかわたしにはわからないけど、そんな中でも誰かから誰かに歌い継がれて消えずに残ったものには、きっとそれだけの何かがあったと思うのね。わたしの歌はどうなるかしら…
黒衣の騎士は、ロジェに意外な質問をしてきた。「……守護者は、個人からの依頼も受けているか?」「おう。公的なやつ優先だが、個人からの私的な依頼も受けてるぞ。もちろん最高級──第1級守護者への依頼だから報酬もそれなりに貰うことになるが。って、なんだ…
「たった4つの血液型で何が決まるってんだ。石投げたら同じ血液型の奴に当たる確率どんだけだよ。でも同じような性格でも性癖でもねえじゃねえか。それをあの女……。なあ、友よ」「いつまでも振られたことをうじうじ考えるのはA型の特徴でな」「くそぉおおお…
「俺の血液型ぁ? 雲竜型だよ」「お前、真面目に答える気ねえだろ」「んだよ面倒くせぇな。じゃあ答えてやるよ。アダムスキー型だ」 #twnvday #twnovelposted at 21:38:06 お題は「血液型」。
縁側から出て黒衣の騎士の横に並ぶと、ロジェは月を見上げた。「いい月だよなー。ったく、月を愛でつつのほほんと酒呑んでたかったのに」とんだ邪魔が入ったもんだと毒づくが、声色には嫌悪感も悪意もない。「……まあいいや。そんで? 話があるからここに来た…
ふと、酒器を口に運ぶ手を止めた。待月堂縁側、センが出て行った後も一人呑んでいたロジェである。杯を盆に戻すと、縁側の前にある池のほとりを見遣った。今の今まで誰もいなかったほとりに、黒衣の騎士が姿を現わしたのはその数瞬後。「よう」驚く風もなく…
黒衣の騎士は去った。夜に、闇に、掻き消えるように。『別の世界の我ら』と彼は言った。(それは、恐らく……)ユイは騎士の言葉を心の中で反芻しながら視線を館内に転じた。その先の絵の中では、少女が変わらず微笑んでいる。月の光のせいだろうか。少しだけ…
「小さき守護者、慈愛満つる大地に愛されし御子よ。いかなる時も水の如く寛容たれ。万難に際しては勇気の火を心に燈せ。然らば自由なる風が汝を正しき運命に導きたもう。汝が行く末に祝福を。……我も、この世界の我も、別の世界の我らも、皆、汝の歩む枝の先…
言葉を発して初めてユイは自分が泣いていることに気がついた。恐怖からではない。悲哀でもない。目の前の騎士の心底から響き続ける慟哭、あの寂寥感の源。それが僅かに緩んだのだ。それほどのものを抱えた彼の心が少しでも希望を見出せた、それに対する安堵…
桜月館に着いたユイは、既にセンがどこにいるか知覚できていた。そこに行くなら外を回ったほうが早い。(それにしても)戸惑う。場所が、あの肖像画の前なのだ。そしてその戸惑いは到着した時に更に深まる。内側から窓が開かれた。その先で、全く同じ顔がふ…
「それが進む枝先への一条の光たれるなら。そして俺もまた、この邂逅を俺が積む可能性に重ねよう」「……感謝する」センの言葉に黒衣の騎士はそう短く答えた。「あ、あの」その時だ。ようやくユイが口を開いたのは。騎士が感謝を述べたと同時。まるで金縛りが…
黒衣の騎士はユイの手を離すと立ち上がり、センに向き直った。「汝、可能性を見出し我よ。その可能性を我の集める希望にも積み重ねていいだろうか。来し方幾千の年月、しばしつかむものなく鈍っていた歩み、わずかながら軽くなるだろう。今ここに来たは符丁…
「標は点在する。いくつもの世界、いついかなる時にも。我はそれを拾い集めて可能性と希望を成す。どれほどの道のりを行けば、いつまで続ければ集め切るかは各々に科せられた運命により変わる。明日かもしれぬ。千年後かもしれぬ。……終わらぬかもしれぬ。し…